2016年7月アーカイブ

テレビ・ロッキード事件の感想

 

本日夜9時にNHKテレビでロッキード事件を見る。

その感想を簡単に書いておこう。

 

突然?ロッキード社から段ボールひと箱?が日本の検察に送られてきたと言われている。中身は、アメリカ側から故田中角栄首相を贈収賄で逮捕する為の裁判資料である。

 

1.   検察は送られてきた裁判贈収賄資料を検証する為にアメリカに飛んだのかどうか?

 

2.アメリカ側から一方的に送られてきた裁判資料?を検証せずして裁判が可能であるのか。大学の卒業論文を書き時にも、資料の検証は必要十分条件だ。これが、自分で苦労して集めた資料でないならばなおさらであろう。検証もしてない資料で、一国の総理を逮捕出来るのかどうか?

 

3.その時の検察は、故田中角栄首相の弁護士がテレビで語っていたごとく、極めて強引なやり方ではないのかと云う弁護士側の主張がある。極めて強引なやり方とは、「一方的な裁判方法」が何らかの理由によって取られたということだ。

 

4.これは、東京裁判の方程式発想と同じではないのか。一方的に平和に対する罪というその時代に存在しない概念的な罪を作り、日本を裁くということに類似している裁判ではなかったのかどうか?

 

70年前の戦争時に、新型爆弾(原爆)を積み数十機の戦闘機に守られたB29爆撃機「1号機」を東京に?2号機」を広島に。「3号機」を長崎に落とすという時間差攻撃をやり、何十万の人を瞬時に殺し又今日でも原爆の後遺症に苦しんでいる人々に対して、国際法違反である民間人無差別殺人そのものを、それが「平和に対する罪」というのであれば、「平和に対する罪」も理解されるのだが。

 

5.この世は今でも勝てば官軍負ければ賊軍である。官軍の一方的な発想により350万世帯の人々が住む家もなく食べるものも無く、ひもじい生活をしているその中で、一方的に国の最高法規(明治時代に作られた日本人の草案である日本国初めての日本国憲法―聖徳太子五憲法との比較)を官軍的力で一方的に変えられた当時の政治家はどのように考えておられたのであろうか。

 

裁判とは人間の悲しみの結晶である。両者が知恵深き人々であるならば裁判など不要の産物ではなかろうか。明日24日の番組が待ちどうしい。    

平成28年7月23日PM11時50分

 

平成28年7月3日交野山元始の滝行

 

好天に恵まれ、太陽の光の中に包まれながらの瀧行となる。参加者は私を入れて5名。千葉からYさん、神奈川からOさん、奈良からIさん、三重からTさんである。今年は、7月、8月、9月の3回の神道同志会瀧行を予定している。

 

この瀧で、Oさんは御霊が開く。2回目の滝行時である。神界の光が内から差し昇る。また、Tさんの守護神はAの瀧の龍神さんである事がわかる。なぜその場所に誕生され今まさに住んでいるのか?と云う深い人生問題への問いに対する答えの一つである。

 

人の魂(神界所属)の輪廻転生はない。転生するのは肉体のみ。次元を異にする修行のためである。滝行を厳しく重ねるとこれが鮮明に解り出す。滝行の大きな功徳である。

 

滝が終わり午後3時頃からいつものように、うどん屋で昼食をしながら5時過ぎまで、大日経五輪論のテキストを使った行法等の話。この書は、弘法大師が唐に渡る原因となった真言密教最大のテキストである。

 

内容は、人の意識は、どのようにして進化し、成仏・成神されるかを解く。神道的に表現するならば、天照〈大日〉成神論となる大変奥深い人間の魂の発生と進化を解く人間宇宙成仏成神論である。

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