2014年11月アーカイブ

 

 

神道同志会で水が冷たい頃の滝行をやってほしいとの要請を受けて、11月16日(日)いつものように源氏滝で滝行を実施した。急な要件で2名欠席、今回一番遠い所の参加者は三河から来られた若い女性あり、彼女はあちこちの滝で数回滝行経験がある女性だ。

 

 

11時にJR津田駅に集合し車で源氏の滝へ向かう。行場に着き1時間掃除 後滝行。全員3回滝に入る。最後に私が入る。夏場の滝行と違って滝に厳しさあり故にこちらも強烈な音を発する。前回9月では空間の1点が透明かつ薄い百光で一瞬瞬き輝いたが今回はそのようなことはない。

 

行が終わり、たき火を囲んでいろいろと話す。その時に話した中身は、滝行の大切さ、チャクラの開き方、各自の指導霊、誰かに言われた自己自身のバックのサニワの必要性。行における言霊と手印と意識の有り方、この三者をいかに融合するかという秘伝みたいなお話。

 

 

参加者の女性のかっての滝行は1回入れば2回目はなしという仏教系の滝行だった。参加者は時間をかけて来ているので、1回のみの滝行は意義が薄い。最低でも3回から5、6回入らなければその滝行の効果は大変薄くなる。

 

 

滝行の目的は、虚空大空(大成経神代本紀)より与えられた自己の「神としてのミタマ」を開く事、即ち第8と第7のチャクラを開く事、その作用として肉体を含め後4つの自己の意識体をも浄化することが自然に出来ると云う事にある。滝場には滝の神あり。滝の神は行をする人間を待っている。滝の神のEGは人間を鍛える。

 

 

世界ビッグ4に入ったテニス界の貴公子・錦織選手も滝でもっと自己メンタルを鍛えれば120%の力を出すことは決定(ケツジョウ)だ。彼のミタマは出雲系(錦織神社)のスサノオさんではなかろうか。

個人住宅のお祓い

 

知人からの依頼で119日(日)お祓いに行く。場所は奈良県香芝市のHさんの住宅である。築20年の住宅だ。玄関、トイレが北にあり北東には車庫がある。家相学ではよろしくない。その近くには武烈天皇陵がある。この影響も見られるのか。

 

 

理由はHさんの奥さんが大変感じる人でいろんな神社に行って祈願、祈祷してもらったが一向に良くならないとのことで、家全体をお祓いしてほしいとの要望である。

 

 

おじゃますると、やはり土地のEGが暗いし低い。まず家の周りにお塩とお酒を撒いた後、一階中央部分でお祓いをする。12時前から開始して1時すぎに終わる。終了した後奥さんの顔色の光が増す。いい傾向だ。後、30分ぐらいいろんな話をして終わる。

 

 

土地と人体の関係、土地と産土神社の関係、墓地と健康の関係等の話である。

この土地は地鎮祭をしていないので、地鎮祭を含めてお家の祓いをするのは大変だ。

 

 

地鎮祭はその土地のお祭り。土地の神様よりその土地を貸して頂くという個人にとっても重要なお祭りだ。その開始はやはり天皇家、王家から始まる。

お祭りをすることによって、そこに光の柱を立てるのである。これを大きくしていくとそれが伊勢神宮建立における心の御柱となる。その中心が北斗七星であろう。

神代文字1

 

 

 

中国の日本解放工作の最終目的は「天皇の処刑にある」ことを暴露したのはチベット人のペマ・ギャルポ氏である。彼はアジア大学、上智大学、東京外国語大学で学び現代は日本の3つの大学の教授である。

 

 

その異常な時代の流れの中で、古代日本においては神代文字が存在したか存在してないかと云う、そのような事を今更語り、その真実を追求しようとする事は時代遅れであるかもわからない

 

しかし、神代文字の存在有無は日本文化深層追求に於いては肝心要なものである。それは、先代旧事本紀大成経大成経72巻追求研究と同じように、真実を究明できない日本のある学者達により故意に否定されている。故に現代の学校教育においては論外である事の如くの風潮である。

 

 

結論から言うならば祭事、お祭りには幽祭・顕祭の二つがあるように神代文字と今の時代に我々が使っている日本語(漢字・ひらかな・カタカナ・数)の二つがある。数少ない神道系の大学では幽斉を教えていないし、あるいは教えられない大学教授と同じように神代文字も大学では全く教えていないのが現実である。

 

 

更に、現代用語・日本語活用においても大きな矛盾がある。これは学校教育でも同じといわれている。それは何か。1例は「鼻血の血」は、「ぢ」と書き、地面の地はじと書く。この地は「地球のち」故に「ぢめん」と書けばこれは今の小学校では間違いとなる。

 

 

そこには論理が通用せず、子どもたちが論理的に考えることが潰されている。理由は戦後に決められた「現代仮名遣いの決まり」であるからだという。そこには「じとぢの活用の混乱」がある。論理的な思考が通らないのである。誰が、何がその原因であろうか。

 

 

八母音説により神代文字否定。古代日本の音は5母音か母音か。

 

 

橋本進吉氏の上代八母音論によると47文字で音を現したのは鎌倉時代降であると語る。

 

学習院大学教授大野晋氏によるならば次のようになる。

 

  古い日本語56音説を区別し4母音。後、母音を増加8母音となる。

 

  古事記が書かれた時代88音節を区別し8母音。

 

  10世紀前半は5母音。11世紀12世紀以後も同じ5母音。故に5母音の神代文字は10世紀以後のもので神代のものではないという結論を導き出す。

 

故に「竹内文書・ホツマツタエ・ ウエツフミ」等も神代文字ではなくて後世のものだと云う。橋本・大野先生の結論だが、これが本当かどうかサニワを要する。

 

 

その古代日本の8母音説に反対している学者もおられるからだ。即ち古代日本語5母音説である。5母音説が真ならば神代文字は古代からあっても矛盾がないということか。

 

 

古代8母音説が正しいのか5母音説が正しいのかの論議の判定は大変難しいことである。それ故に神代文字古文献の内容をあらゆる面から学び検討サニワしてみる価値がここに生じてくる。その内容は、考古学的立場・比較文化論・比較言語論・言語学の立場からさらなる追求が必要となるのではなかろうか。

 

 

 

11月1日(土)京都アスニ―で上田正昭先生と寺川真知夫先生の基調講演と対談あった。タイトルは「古事記と日本書紀とはどう違うのか」である。

 

 

一言で言うならば「古事記は天皇家の歴史を中心に」「日本書紀は日本の諸々の歴史を中心に」ということである。どちらの講演も45分間づつ、その後約30分の対談で終了した。

 

 

最後の上田先生の言葉が耳に残った。それは「古事記は一つではなく、いろんな種類がある」ということだ。即ち現代に伝わっている古事記の他にも古事記が他にあるという。古事記をカタカナで「ふることふみ」と日本語読みすれば、大成経も古事記ではなかろうか。

 

 

寺川先生は日本書紀の編纂にあたっては古事記と違い「数多くの人々の手によって作られた」という。それも力の強いものの説を採りあげ、力の弱い者の説は切り捨てられたという。この言葉も耳に残り印象的だった。古事記・日本書紀研究においても幅広く深く研究されているお二人の講演は、大成経研究にも役立つものだった。

 

 

ちなみに上田先生は大成経10巻本を認められている一人の先生だ。

最後に、神代文字の有無の検証の奥の手は、上の文字担当の方に聞けばいいのだが、それでは面白くない。ここは人間界であるから、それ相応の研究が必要だ。人間主体のこの世、現象世界の約束事である。

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