2013年1月アーカイブ

京都陰陽師塾でバジュラを使った空間浄化法を行います。

 

バジュラは災いから身を護りかつ自己目的を自在に成就することが出来る密教の法具であり、空海上人が密教の師・恵果大師から密教の法具を授かったその代表的なものであります。

 

空海上人は五鈷バジュラを用いて、数々の国の大切な祈祷を行いました。その行法中も実から外されたことはないといわれていますが、それはバジュラが空海上人の命そのものであるということでもあります。

 

さらにバジュラは自己エネルギーを増幅し、ゼロ磁場を発生させることも出来る神器でもあります。2月16日(土)と3月16日(土)の2回に渡りバジュラを用いたセミナ―を実施致します。使い方を伝授致します。陰陽師塾の会員さん又バジュラに興味のある方は、バジュラを持って京都護王神社・鳳凰殿にお集まりください。

 

バジュラを持っていない人は、自分で探すかあるいは又陰陽師塾にお知らせ下さい

  1. 京都護王神社陰陽師塾大祓祝詞を使った自殺者の成仏法のセミナー終わる。

    護王神社の社務所がほぼいっぱいになる。東京から来た人、毎月岐阜から来ている青年の会員さん等で二つの大きな畳の部屋はほぼいっぱいになる。

    成仏法で最も大切なのは死者への愛念である。その意味において血統を受け継ぐ近親者が成仏法をマスターすると最もよい。

    死者への成仏法はそのまま自己の成仏法へと転化する。この成仏法を実践することで自他一体という神様仏様の感覚を体得することが出来る。
    死者は薄暗い冷たい世界へ落ち、それは自己のミタマを自ら命を絶つことにより暗黒の中に自己を入れることとなり、その中から意識を覚醒さすことが困難となる。
    いわば自己の自殺(肉体)と言う行為により、意識がブラックホールに引き込まれるという感覚であろう。

    ...
    今回は大変賢く感覚のよい一人息子を自殺によって亡くされたその母親をも開放するためと賀茂陰陽師塾生の方々に成仏法の原理を体得せん事がセミナーの目的であった。

    人間は、死んでも死なぬ存在者だ。だから、神の子、仏の子、宇宙の申し子という。この実感には、言葉ではなく、言霊の実践体得が不可欠である。
    その方には成仏法の原理を掴んで頂き、その実践に入られる。質疑応答では様々な体験と成仏法実践に伴って意見交換をした。

    今回は密教系の人も参加されていたので、「言霊と真言密教」さらに「母音あいうえお」と「虚空蔵菩薩求聞持法の共通点」を母音を使って説明した。

    言霊と出された問題にはすべて答え、1時半から始まり5時前で終わる。私にとっても大変貴重で有意義な時間だった。

    次回2月16日は、神器バジュラを使う空間浄化法と言霊50音の講義となる。

兵庫県民会館に2時開始前の1時50分頃に着く。関係者の方に挨拶をして地図、写真等を見て廻る。

途中玄関にて感動塾の重藤さんと会う。彼曰く、「東宮司さんは語らないのですか。宮司さんの話も聞きたいのですが・・・・・」私曰く、一応そのようになっているのですがまだ連絡を受けていません・・・・」と。

 

二週間ほど前に来た今回のイベントのデジメ案内では、講師の中に宮司と言う文字が入っており、又上森三郎セミナーあるいは、昨年の11月の名張のイベントでも30分余り私が撮影した「約10個の光の曼荼羅」について語ったのを彼も聞いているので、今回はさらに何か違う写真についての話を聞けるかもしれない今回のイベントでは・・・・・という期待があったのであろう。

 

その後、上森さんの講話が始まり、約30名前後の人がそれを聞いて終わった後、5時過ぎから直会となる。

そこで事務局から乾杯の音頭を頼まれたので名前だけ自己紹介して、乾杯の音頭を取らせていただいた。後、食事をしながら参加者26,7人の自己紹介を含めた一人1、2分の語りたい事(事務局指示)を後ろの席から順番に語る。私も後ろの席にいたので上森さんについて大事な情報を極々短い話で終わる。

 

その後、前の席の人は一人5分から10分ぐらいの長い話を語り出す。そのような方が5,6人おられた。私も5分戴いたら上森さんに関することをよく解るように語ったのだが1,2分ではその中核しか語ることが出来なかった。それは「空海上人と彼の過去世」に関する情報だ。この情報はサニワしなければいけないので、この会場でサニワしてくれるように語ったのだが、全ての参加者のお話が終り、会食が本格的になった後でも誰一人その件については、質問、意見交換など一切なかった。

 

かごめの会は様々な神様と交流している人が何人かおられると聞いていたので、私も私の話をサニワしながら、その方たちとそれに関するいろんな話をしたかったのだが、それが全くできなかったのが少し残念だった。この機会にだ。こちらが演出したが、笛吹いても踊らず模様だった。5分あれば、またちがっていたのにである。これは、後でボディブローのように効いてくるのだが...自覚・・・

 

今回のイベントの走りは、私がふとしたことから古代ユダヤ10支族の長の神というか、ミタマというかその写真の4,5枚は各額にいれて上森さんに寄贈、多くの写真入りのDVD共に、同じ写真の空海上人のミタマ[真魚]が写っている写真の額一つだけ持って阿波の国に帰った。それは11月の第三日曜日の阿波古代史の講演会に合わせて故郷に帰った時の事だった。

 

 

夜遅く、10時頃鳴門のくら寿司へ入った。何となくその写真を持って行った。写真の意味を家内に説明していると、「これは今回のかごめかごめの旅の多くの写真を使って写真展をやらなければいけない」という直感というかメッセージがきた。その夜すぐに上森さんに連絡して次の日に故郷日和佐から神戸の事務局へ行った。そこで夜の11時半まで地上絵の地図、写真等を使ったイベントについて上森さんと事務局に語った。これが今回のイベントの走りである。

 

さらにその後、日和佐に帰り阿波古代史の話も聞き、古代史の会長笹田さんと大変優れた女性霊能者と崇神天皇の宮を調べ、そして又次の日神戸の事務局を訪ねた。さらに話を詰めた。色々あった。その後、大阪森ノ宮陰陽師塾へ行く。

 

そのようなこともあって、今回のイベントのために、10支族に関する大事な写真3枚をA1の大きさに引き伸ばし、額に入れて7日の月曜日に事務局へ持って行く。そこで前から言っていた11,12,14、15日の私が参加できる4日間の身の振り方について話をする。「じゃあ4日連続30分から40分ぐらいの話をしましょうか」ということで事務局の一人と話が終り、夜の9時頃に事務所を経つ。

 

8日の日に、今回のイベントに関して何かハートに響くものあり。くるものがあり。調べていくと「空海聖人と上森さん」のことだった。家の神前に座り、さらに調べていくと、この二人に関する過去世の関係性だった。調べ終わるまで冷たい神前で1時間半かかった。このようなこともあった。今ブログに書いておかなければ消えるので時間に沿って事実関係とその思いを今書いている。

 

11日の直会が終り、帰るようになっても今後の私の3日間の予定について何ら事務局の3人からは連絡がなかった。FACEBOOKにも其の題を書き知らせたが、人間の記憶は私をはじめ他の人もこの程度の認識である。イベントの初日の話の題は、(空海上人と虚空蔵菩薩とゼロ磁場)というタイトルを知らせてあったのだが、何の連絡もないので私の中からは消えてしまった。

 

だが不思議にも、1月19日の京都護王神社にて桐山密教の裏方を二十数年務め、私との第一回の面談では二人で2時間半近く話をした。私の弟のような雰囲気をもつ彼が、わざわざ他の会を捨てて、19日京都に行きますという連絡がイベントの初日に会場に電話がかかってきた。これも不思議な現象だった。京都陰陽師塾で、イベントで語れなかった事を「汝かたれ」ということか。

 

ということで、私のかごめかごめの旅があっさり終えることになった。かごめで学んだことは、約35年前奈良、香芝のひふみ会を主催する山田先生からの祭りを通しての言霊だった。それは要するに「東は空海上人の修行せよ」ということであった。当時の私は京都北宇治中学校の社会科の教師だったので空海上人の修行せよと言われてもピンとこなかった。この時代は有栖川家の宮についてよく調べていた。だがここにきてピンとくるものがある。

 

実父は真言宗の僧侶(10支族がやってきた阿波、椿泊の出島・伊島の生れ)母は真言宗の僧侶の娘、祖父は求聞持法の成就者、母方の曾祖父は求聞持法及び8千枚護摩の成就者であり、明治初年四国88か所23番薬王寺の住職かつ真言密教の僧正の東禅城であるからして、いよいよ、その血が騒ぐのであろう。私としては血が騒ぐのが40年も遅くなってしまったが、これもしかたがないことだ。

 

いよいよ本格的に「陰陽師塾と三十八神社を世に知らせよ」ということだ。奇しくも1月11日は私の法の上の誕生日となった。「おめでとう」といいたい。どうでもいい事だが、大事な事なので、くどくどしく書く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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