2012年7月アーカイブ

・朝9時半頃から祇園社の鳥居を新しく建て替えたので、氏子総代に依頼を受け鳥居建て替えの祝詞を作り、神前で奏上申し上げた。参加者は一老3名、総代3名、工事関係者、村の役員4名計10名である。村の祇園社は、木津川市加茂町の観音寺の山の中にありなぜこの場所に祇園社があるのか、その理由について何も文献がないので、その歴史は解らずじまいとなっている。

 

 

ただし、観音寺には約300年以上も経つ江戸時代の古文書が村の書庫に大切に保存されている。段ボールで約200個ある。私も以前見せてもらったが達筆な文字で村の歴史が書かれてあった。故に古文書を発掘すると祇園社の由来が出てくるかもわからないが、現在では全く何も解らない。ただし、氏子さん達が年に一度明日7月14日にお祭りをし、それが今日までずっと続いている。

 

 

 

・山の中の細い道に私の車を置き、そこで氏子さんの軽トラに乗り換えて祇園社まで行く。車を降りると挨拶し本日の祭りについていろいろと話し合った。そのころから7月というのに鶯の声が何回も何回も聞こえていた。一匹の鶯だ、その鳥がお祭り中もずっと囀り、祭事が終るとパタと泣き止んだ。

 

そして直会となり氏子さん達にいろんな話をし、着替え軽トラに乗る時に鶯が2回泣いた。私が地鎮祭を行う時などは必ずどこからともなく鳥が飛んでくる。これは不思議な現象だったがその意味はよく解る。鳥はお祭りの完成を意味する。

 

歴史がなかなか解らぬものであったから祭りが終わった後、御神殿の祠の前で統一し、神様にお伺いをたてた。この社は約1500年前に建てられこの小さな森には同じような祠が10社あったという。1500年前だから聖徳太子の時代であろうか。

 

さらに三十八神社との関係についてお尋ねすると、同じスサノオ系の神様であるが、三十八神社の方が位が高いという。しかし、この祇園社は三十八神社の摂社、末社ではなく三十八神社から独立しているという。そういう結果となった。

 

御神前で大きな声で祝詞を挙げていく時、急に咳き込んだ。3回4回と その時は少し苦しくなったが、フ音を使って同時に祓い清めた。何かしらこの咳き込む原因はその場において異次元からの穢れを受けた時によく咳き込む。この場合はこれについて後から調べるがよく解らなかった。

 

神様にあるのでもなく神様の要求でもなく森の穢れでもなく、私自身の穢れでもなく、参集された氏子さんの穢れでもなく、ただその正体は異次元からの穢れだというが、果たしてどうか。宮司にとってはお祭りが一つの御祭神からの説法のような存在だ。

 

 

・ この後阿波古代史の講演を聞くために徳島市のふれあい健康館に車を飛ばす。これから行くのであるが阿波は、その歴史が奈良より古く、古事記、万葉集の本当の舞台は阿波である。その歴史的な証拠はたくさんある。例えば古墳等あるいは古事記に書かれているほとんどの神社は阿波の徳島にある。

 

三十八神社の原型も阿波にある。誰がどのような理由でどんな目的で阿波風土記あるいは阿波の古代歴史を封印、隠蔽工作したのであろうか。この謎は阿波と奈良の古代史を徹底的に調べると解決がつく問題だと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰陽師塾・滝行のご案内  

 

1) 期日         平成24年8月4日(土)

 

2) 場所         交野市の交野山 源氏の滝 祭神(ショウリツヒメ神・母神・竜神さん)

 

3) 集合場所・時間     JR学研都市線津田駅の前広場午前11時集合(車の方もここに集合)

          

4) 持ち物        白い体操服の上下又は白のTシャツと半パンツ

             女子は下に水着着用の方がよりいい。武道着OK.

               地下足袋又は足袋(白の靴下でもよい)鉢巻

               塩1Kgとお酒1カップ1つ。

               バスタオル.タオル.着替え等。

 

  5)源氏の滝への行き方 

               京阪津田駅から徒歩20分。タクシーで数分。(遅刻した方)

               車で来られる人は自然の駐車場あり。

 

6)滝行の効用       男女とも若返る。感性が鋭くなる。

                        過去世からのカルマが浄化されるので、天命が早く解る。

                        古神道を知識ではなく、体で学ぶことができる最も優れた行法である。

                        故に導師は滝を司る神様との交流が必要。

                        現、神社神道では、ミソギだけで滝行はやらない。

 

  7)直会         滝行の後、希望者は食堂、茶店でのお話。

 

  8)申込み方法      電話又はEメールで。東(ひがし)まで。

               電話  0774-93-0213  携帯 070-6504-2275

               Eメール/toyosaka3588@yahoo.co.jp                                

               HP  http://38jinja.com

 

 

  9)会費         三千円  大学生(千円)

 

   行場の広さにより定員は20名。戦前男女(滝の近くに道場あり)がよく滝行をされた優れた場所です。

   滝行の醍醐味は回数を繰り返すことで解ります。

 

   人の周りにはエネルギーオーラがあり、神道ではそれを荒魂、奇魂、和魂、幸魂と呼んでいます。

   ここに変なものが憑くと精神病・ウツ病等の一つの原因となります。

 

   滝行は滝の神様の光と滝水の力で自己のフィールドを整え浄化します。         

                              

陰陽師塾では言霊、数霊、声霊を学んでいます。まだ始まったばかりです。会員さんは15名前後です。

現在は少人数なので個人的な人生問題にも講義の中で対応しています。

参加者はカウンセラーの人、神社の宮司、高校大学の先生、占いを専門とする御婦人方等バラエティーに富んでおります。

参加者の過去世を見ると総称して、やはり京都御所、浪速の宮に関係のある方々です。

これから時々滝行、呼吸法、言霊の発生、数霊の運用等を学んでいきます。興味ある方はお待ち申し上げます。

 

 

・大阪森ノ宮陰陽師塾  毎月第三水曜日  午後7時から9時半頃まで  

                場所 森ノ宮神社 大阪環状線森ノ宮駅下車徒歩2分

 

・京都護王陰陽師塾      日程 7月28日(土)  8月18日(土)  9月15日(土) 

                                              午後1時半から4時頃まで

                場所 護王神社  京都御所烏丸通を挟んで西側 

                           京都駅より地下鉄烏丸丸太町駅下車 徒歩北へ7分

                           護王神社では陰陽師塾の前後に個人の人生相談もあり.

 

・会費  三千円   陰陽師塾テキスト代  二千円 (希望者) 

 

・この著者の意味合いは非常に深い。天明さんの師は故武智時三郎翁である。武智翁から様々な数霊言霊について手解きをうけたと言われている。私も若いころ至恩郷に行き何度か三典さんにお会いしたことがあるが、ここでは言霊数霊について学ぶことができなかった。

 

 

ここで、初めて賀茂家口伝の太祝詞について簡単に述べることにする。これは奥が深いので私も十分に理解してない所が多い。太祝詞の解明は生涯の私の課題でもある。

大祓祝詞に登場する「千座の置座」とはまとめると次の意味となる。

 

 

 

・千座の置座

 

 

母の水の言霊の音100と父の水の言霊の音100それで合計200音。

 

この上に母の金の音100と父の金の音100を合わせると合計200音。

 

次に母の土の100音と父の土の100音の合計200音。

 

次に母の火の音100音と父の火の100音の合計200音。

 

次に母の木の数霊の100音と父の木の数霊の100音を合わせると200音。

 

この父母の「木火土金水」の陰陽の音の数霊の合計が1000音。

 

即ち千座の置座の解読である。

 

 

解説1

 

それぞれの百の数霊の音(上部が五十音構成でこれが大祓祝詞の高山の末という意味であり、下部の五十音構成が低山の末)の音の意味である。高山・低き山と理解するととんでもない間違いが起こる。大祓祝詞には、このような落とし穴が至る所にちりばめられる。

 

 

この解読には、天明翁が言われる如く、数霊学と言霊学と声霊学(初めて名づける)と難解な大本言霊学等の知識と運用・活用が必要である。理由は、「ことのは」が生きものとなるからだ。

来年は、5王(黄・大王)の要注意年。故に「言霊の大祓への原理」の一つを公開させて頂きます。

 

これが解れば、言葉が生き物となり言葉に命を与えることができ、百鬼夜行に近い現代の穢れを浄化することが出来ます。

 

船井幸雄さんも最近出版の著書2冊の中に触れられているヒフミ祝詞の意味合いを違う声霊学の見地より触れました。古神道を志す若者達の参考になれば幸いです。       

 

 

             

 

               陰陽師塾資料38

 

天津祝詞の太祝詞

 

・6月の陰陽師塾で「陰陽師の大祓祝詞行法」を完成し、それについて語った。まだしかし、天津祝詞の太祝詞についてしっくりこなかった面があるので、もう一度初めから賀茂家に伝わる口伝を調べなおした。

 

 

おおまかにみて天津祝詞の太祝詞の中に天数歌とひふみ祝詞を入れ、母音発生でもって太祝詞の声を言霊の法則により発していくということは大きな間違いはないということがよく解った。

 

 

神道界の碩学小野先生は現在神社界活用の「太祝詞を発声しない大祓い祝詞」全体を持って太祝詞とするという見解をある本に書いているが、賀茂家の伝承ではそういうふうになっていない。明確に太祝詞を読み上げている。

 

 

 

・萬葉集神事語辞典(佐々木信綱著)によるならば、太祝詞の太は美称であり、これを宣し職としたものに中臣・斉部氏等があり、皇大神宮6月の月次祭祝詞に「天津祝詞太祝詞乎神主部物忌等諸々聞食止宣」と。

 

 

更に、この祝詞は中臣氏が宣ることになっていた大祓の詞をさすと思われる・・・・・とある。故に皇大神宮祭では6月の祭りに参加する神主達が太祝詞を創唱されたということだ。現在の神社界では太祝詞を端折ってしまっているという現実がある。

 

 

 

萬葉集

 

「中臣の敷刀能里等其等言ひ祓へ贖ふいのちも誰がために汝」

                              大伴家持

 

 

 

さらに「ひつぐ神示」の岡本天明翁によるならば「フトとは太である反面、これを数霊的に見るならば明らかに二十(フト)であり、古事記に太占を用いないで布斗麻邇なる文字を用いた理由の一面は、このあたりにあるようであります・・・・・。大祓い祝詞中最も重要なるフトノリトコトのフトも20の裏打ちがあって初めて審議が解明されるのであります(古事記数霊解序説)と語っている。

 

 

・日本社会においては、一年間の年間自殺者が三万人を超えるという状況が10年以上続いている。この自殺者を減少させる方法論は、まずは肉体以外の自己存在を明確にする必要がある。私は肉体そのものか?私の肉体という表現ならば、肉体は私の所有物ではないのか?

 

 

 

現代の百鬼夜行(政治も医療も教育も原発も)に近い世の中になりつつある。そこで、経済的かつ肉体的な言葉では語りつくせない苦しきがその人を襲う時、その解決策が見つからなければ人は死を選ぶことは当然のことだ。その人にとってはそれ以外に解決策がないからだ。

 

 

 

 だが、自己の肉体をこの世から消しても、自分の苦しみがなくなるのであろうか。この答えは日本人が古神道(仏教でもいい)の教えを学び真剣に行じるならば自ずとその答えが見つかってくる。そういう意識状況下になると逆に肉体が活性化されるから、死においてしか解決されないとされる現時点の各種の自己問題が自分の心の中で大変小さくなる。

 

 

 

さらに行じていくと死によってしか解決されないと思っていた自己にとっての大問題を契機として、古神道を学び行じる人は、自身を悩ませる憂悲苦悩をさらなる契機として、大きな大きな人生の目的、ミッションを理解し自己のものとする。なぜならば、それは、その人のある種の過去世において、そういう経験があったということがわかってくるからである。これは、実に不思議な感覚である。

 

 

 

・戦後米国GHQは神道指令により日本の神社を解体し、その運営を国家管理からすべて民間に移行させた。その最も大きい占領政策の目的は、占領軍による日本の精神的中核であられる天皇制の否定と新憲法(占領憲法)制定の二つである。

 

 

 

今、教育界では子どものいじめ自殺問題で警察が学校と教育委員会に令状を持ち介入し、各種の関係書類を没収しその原因究明に乗り出す事になった。この理由は、学校及び教育委員会がいじめ自殺の原因究明に目をそらし、事実隠ぺいという教育者がやってはならないことを自己保身のためにやってしまったので、国家権力が問題解決の為に教育現場に乗り出した。

 

 

 

この隠ぺいは古神道で言う天津罪と国津罪の両方に該当する極めて大きな大人の心意識の問題である。即ち罪とは、ある重要な事実を大きな風呂敷で覆ってしまい、真実を見えなくすることだ。

 

 

 

だから、国家権力が教育に介入しても、小中学校でいじめが頻繁に行われている現実を解決するためには、これも致し方のない解決策であると思われるが、少し飛躍すると、戦後教育界に於いて最も大きく重要な隠ぺい工作は、小中高学校の社会科の教科書にある憲法解説だ。

 

 

 

 

 

・日本国家の大黒柱である憲法は、米国日本占領下の日本憲法制定に当りその骨子は勝者のGHQが定め、それに従って様々な経過を経て国会で承認されたものであるという一文を削り知らせずその真実を日本の生徒たち全てに隠ぺいした事実である。

 

 

ドイツはそれを米国にさせなかった。理由はドイツがGHQの占領下におかれていたからだ。教育界の隠蔽工作は、今に始まったことではない。この時点から、大人の意識悪変容が始まるのだ。真実は何処に。

 

 

 

誠に誠に戦勝国米国は日本人に罪な隠蔽工作をしたものである。その隠ぺい隠しの原因は一体どこにあるのであろうか。この世のすべての出来事には、必ず原因があって結果がある。さらにその結果が原因となりさらに大きな結果へと変容する。良きも悪しきもである。

悪しきは、善きへ。良きは、更なる善きへと人間の心意識を導く指導原理が仏教であり、古神道である。

 

 

 

古神道的精神を学び実践することにより、日本国の生きとし生けるものは、真の世界平和を打ち立て、さらに自己のミッション(何のために自分は生まれてきたのか)を知ることによりそれを実現させることができるという大きな智慧の世界を古神道は持っている。

 

 

 

この意味において日本人、日本国は素晴らしい世界平和の文化と伝統を持つ民族であり国である。仏教・古神道に栄光あれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰陽師資料37

 

鎮魂と帰神

 

・陰陽師塾の講義の中で度々鎮魂と帰神の重要性について述べてきたので、ここで一応まとめておこう。ただ解説者のレベルによって古神道の根幹たる鎮魂と帰神についての解説は、レベルが上がるに従って説き方が異なってくるので、今の説き方は私の現在相応のレベルであるということわりが必要となる。

 

 

裏をかえせば鎮魂と帰神の行法の中に古神道すべての眼目が含まれるといっても過言ではない。鎮魂と帰神は本来表裏一体となるものであるが、現、神社界においてはいくつかの鎮魂法は伝わっているが、帰神法は鎮魂法に比べてかなり少ない。

 

 

それは道ひらきの荒深道斉翁、生長の家の創始者谷口雅治先生提唱の神想観行法、さらには本田親徳先生の帰神法等がみうけられる。しかし、それらの解説書を読んでも神想観以外はその理解は大変難しく現代人の誰でもが実践しがたいと言わざるをえない。

 

 

私も高校生の時に谷口先生の神想観の直接の講習(徳島市)を受けたことがあるが、その中に鎮魂と帰神の説明はされていなかった。またなされていても理解が及ばない時代である。

 

 

 

 

・鎮魂とは何か。できるだけわかりやすく説明するならば、鎮魂とは自分の持っているエネルギーを自己の意識を使って左右へ限りなく広げていく水平思考の行法というべきか、或る時は座し、或る時は滝の中で、或る時は立って、或る時は海の中に座ってどこまでもどこまでも自分の意識エネルギーを横へ横へと広げていく行法である。その眼目は三角形の底辺を長く長く作り、それが一応完成するとそこから帰神法が始まるということだ。

 

 

 

かって大本教の出口聖師の時代には、鎮魂帰神行法を盛んに教えていた時があるが、それにより異次元から変な生きものがその人にかかり、人間らしからぬ言動をするようになった。だから、聖師が禁止された。

 

 

これは興味本位に信者が帰神法をやったのでそういう結果がでたのであるがこの原因は、私から言わせると鎮魂が浅く短かったので帰神にその実践者が耐えられなかったということが大きな原因である。

 

 

だから、その過ちを繰り返さぬように、帰神法の前には必ず自己のエネルギーを横に広げ、横に広げたエネルギーをさらに深めそれから帰神法を実践するならば決して変な神がかりなどは起こらない。

 

 

 

 

・鎮魂については臨済宗の動的な鎮魂法もある。それは座して呼吸法を伴いながらある一つの命題を一日二日三日と考えたり、あるいは歩きながら自分の意識を一つの命題に集中して後の雑念はすべて振り払うという栄西禅師がとられた動的な鎮魂法である。

 

 

禅宗ではその行法を鎮魂とは言わない。禅は自己主体を絶対とされるから神様の存在は否定しているようだ。神様が存在すれば、絶対自己主体が崩れるということであろうか。古神道はその上に言霊活用の帰神法が存在するから、私自身は、禅の行法よりも古神道の行法が好きである。何故か。何故でしょうね。

 

 

 

・鎮魂によって自己の意識を大海の如く大きく大きく広げ深めた後、そこから帰神法を開始すればより安全である。古神道には母音言霊行法があるが、その前に滝行、海行、風行等を行じていくとその間に、あちらからいろいろと啓示をうけたり、自己のミタマを見せて頂いたり、そういう神秘体験も関わり出す。

 

 

そういうものにとらわれることなく(とらわれてもいい?)行を行じていくとそこから先が自然に帰神法となる。その結果自己存在の意味が分かりはじめてくる。なんでこの時代に、この日本に、この家系に生まれ出たのか。男として女として。この世を去るまでに何をしなければならないのか。

 

 

今の状況は自分の過去世のどの位置即ち、過去世においてどこまで完成させていたのか、いなかったのか。そういうことがだんだんわかり始める。だんだんわかり始めてくると、それに従って自分が今死んだら、今肉体を脱ぐならば、どのような世界へ往生していくのかということも、うすら、うすら、自己心意識にその世界が写り出されてくる。

 

 

 

 

・このような説明で鎮魂・帰神法は分って頂けたであろうか。本来は机の上の水泳訓練ではなく実際に水の中に入って訓練しなければ泳げないのと同じであるが、私が説明した言葉の世界でその輪郭が少しは解って頂けたのであろうか。

 

 

 

帰神法実践の前に何のためにどのような理由で帰神法をやるのかという大義が大切である。そして、行じるものは、自己の守護神と指導神にその願いをかけるべきだ。私の説く帰神法は、言霊を使うのでその解説はなかなか難しいが、その資格者は英語ではなくて日本語を自由自在に語れる人なら誰でも実践できる道である。

 

 

 

我ら日本人のご先祖の中にトヨスキイリヒメ、ヤマトヒメ、斎王そして様々な陰陽師の方々がおられる。我々日本人はその熱き血潮、神憑りの血潮を受け継いでいるのである。そういう日本人としての歴史を持っているので誰でも鎮魂と帰神は行じれば可能である。

 

 

このアーカイブについて

このページには、2012年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2012年6月です。

次のアーカイブは2012年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。