2011年12月アーカイブ

12月17日(土)の午前中に地鎮祭を引き受けた。場所は、北葛城郡大和田である。世工業者、施主、私の3者でしめ縄をはり、約60坪の土地に、お酒一升瓶を5本まき、さらに塩20㎏を重ねてまく。これ土地祓い清めの下準備。祭りの本番は、榊でのお祓い、火打ち石での祓い、さらに祝詞奏上で、祓い戸の神様に来ていただき、この土地の空間を祓い清めていただく。

 

竹を四方に組んであるので、その場所に一柱ずつ降臨される。その時には必ず何かの変化が起こり、自然界が反応する。今回は、その時だけ風が吹いてきた。

 

祝詞の音調は、母音を使う。結果的には、その土地の波動が上がる。今回は、お山を開発した土地なので、比較的楽に祝詞奏上ができた。土地の穢れが強い場合は、咳がでたり、祝詞の音程がくるったり、さまざまな変化が私の体に起こる。この体も神様からの借り物である。家を建てるにあたっては、地鎮祭が一番大事である。土地は土地の神様からの借り物だ。

 

北葛城から車を飛ばして、護王神社の弘文院セミナーに参加する。演題は「言葉を考える」である。「挨拶の言葉と心」と題して、京都産業大学教授の若井勲夫先生である。

 

地鎮祭に時間がかかって、約1時間遅れて参加した。若井先生と初めて出会ったのは、約30年前である。場所は勝尾寺で開かれた教育関係の会である。それから日本教師会等で交流が深まった。日本語の言葉の働きは、大変素晴らしい。「1年がその言葉どうり実現するように」言霊をつかうのである。英語にはそのようなものがない。

 

セミナーが終り、社務所に招かれた。そこで約4時過ぎから5時半頃までいろいろな話を聞かせていただいた。コーヒーがうまかった。ご縁があって、一堂に会したのは、四柱推命にご縁のある文室護王神社宮司、法学博士の小森義峯先生、若井先生それに私と家内の5人である。

 

文室宮司からは、護王神社の改革についてのお話。さらに、「文室」という苗字は、天武天皇から御先祖が頂いたものであること等々。小森先生は、佐賀の生れ、海軍中尉である。先生からは、憲法のお話、現日本国憲法は米国の占領憲法であり、日本の歴史と文化を否定するものである等々。若井先生はもっぱら聞き役である。等々。

 

「護王神社は、御所の西側にある。所謂祭りの場である。高尾・神護寺からここに遷宮されたことは、意味が大変深い。お祭りのエネルギーは、必ず御所に流れ、京都を祓い清めていかれる」であろう。等々(東)帰りは、若井先生を鷹が峯の家の近くまでお送り申しあげた。鷹が峯は母校・仏教大学がある場所なので、大変懐かしく思えた。

 

 

 

 

 

一瞬の一コマである。

どのチャンネルだかわからない。

原子力賠償審議会の議長か親分かは知らないけれど、「能見善久」氏の発言を聞いて私は大変腹が立った。彼の立場は議長であり、中心人物である。彼は語った。

 

「高い方で40万。低い方で20万。これは問題がなさそうな額であり、これだったら東電がつぶれない範囲なので、・・・・・・・。これはシビアに早く決めなければならない等々」 会場におられた被災者は、憤っていた。これは国民の生命と財産を守らないその意識のひとかけらもない官僚役人の発言だ。

 

20万・40万と言う金額は、いったいどこから根拠がでてくるのか。それも福島県だけの自主避難賠償金額だ。これが日本の役人・官僚の姿か。中には引越しの費用だけでも150万かかった人もいるという。

 

この国の原子力行政の失敗の付けを国民に真摯な賠償するどころか、根拠のない金額を示されて、いったい誰が納得するのだろうか。我々は、自己の命と財産を守ってくれるためにこの国に高い税金を納めているのに、これは憲法違反ではないか。

 

私もそこにいれば、人間に対しての愛情のひとかけらもない、この官僚にくってかかる。これは全くけしからん話である。故に、ブログに書く。我々は今こそ立ち上がらなければならない時ではなかろうか。行政がこんなざまでは、いたしかたがない。

 

行政をやっつけるために司法の場に団結を持って訴えれば何かその打開策もひねりだせるのではないか。今の政治・行政・司法には大岡越前的な人物は皆無であろうか。これでは、TPPの外交交渉も大変心配になるという一つの案件だ。

 

朝のテレビで16歳の少年が、中学生と小学生の女の子に刃物で切り付けた経緯とか原因とかがコメンテーター及び有識者のコメント等について話されていた。

 

その男の子は近所の評判はよい。おとなしくてまじめな子であったという。両親と弟と本人の4人暮らしである。高校に入学し、2年生で千葉県の高校を自主退学した。現在は通信教育を受けているらしい。6チャンネルではこの問題を取り上げ、女優業等などで活躍されている私が大好きな東ちづるさんをはじめ、幾人かのコメンテーターが語っていた。うる覚えであるがここに書く。

 

①「家庭の様々な積み重ねでそういうふうな事件が発生したので、どのような家庭環境で育ったのか、事件を分析するポイントとなる。

②事件を起こす前に猫の首を切って友人に見せている。その段階で学校としてスクールカウンセラー等の働きで何とかならなかったのか。

③人間は社会のいろいろなストレスにより人を殺したくなる気分が起こるとき、強者に向かえば負けるので弱者にその鬱憤をはらそうとすることがある。そういったことも一つの原因であろう。

 

 

16歳、17歳という青年時代は非常に感受性が強い。私自身も17歳の時に東京で他界したクニトコタチ系の長男(29歳)の死の波動を受け、それがもとで原因不明の病気にかかり、体重が65㎏から43㎏へおち、死にそうになったことがある。だからそれを縁として、その原因追及をするために、京都の佛教大学を選び選ばされた。阿波の国からである。

 

それは周囲の環境による。16歳の少年の人生にたいする謎というべきか、全ては、ここから始まる。なんで自分は生きているのか。 何で自分はこのような訳の分からない、抑えがたい気持ちになるのか。社会の様々なストレスを受け、その解消へのエネルギーが内ではなく外へ向かった結果、女子中学生と小学生を襲う結果となる。私の場合に比べると、紙一重の違いだけある。導き者がいたか、いなかったかただそれだけの違いだ。

 

この少年は高校に入り、生き物の首も切れるような行為が出来る青年になった。相当、自己の中で自己破壊、強烈なエネルギーが起こっていたのであろう。16、17歳の青少年から大人へ変わる時期は、非常に大事である。

 

その時にどのような恩師と巡り合うか、によって、その人間は、後にその青年の持つエネルギーは、天国へ向かうのか、地獄へ向かうのか、そういう微妙な段階にある。即ち動物人間として、また、感情・理性が複雑に絡み合い、そこに「2つの目」を育てる縁即ち環境により、青少年たちのエネルギーは、どちらにも到達する。だからこの時代の教育がものすごく大事となる。

 

人間(私)は、なぜ生まれてきたのだろうか?私は、僕は、自分が知らぬ間に、自分が一人でこの世に掘り出され、その意義・目的・特殊才能も解らず、いやな勉強もしなければならぬが、やりたいこともなかなかできない。それに人間を大事にしないマイナスの社会・家庭環境が加わると、爆発するであろう。

 

一生のうちで一番感受性が強い高校生時代は、その青年の目的意義、やらなければならないこと。設計図その子だけしか持っていない特殊才能即ち自分のエネルギーは水か火か地か風か大気か等々を知ることができれば、人を殺傷するようなエネルギーは生れてこず、殺傷事件・殺人事件もおこらないし、また、起こす暇もないであろう。自己のこの時代に、この国と、御両親と、一族の繁栄の為に・・・・・・。

 

通り魔殺傷事件の報道を聞いて、私はそのように感じた。少子化で非常に厳しい内政外交を背負い、日本を背負っていかなければならない青少年の教育こそ、最も大事な青少年の「教育の柱」はなかろうか。

 

政治行政は真実のことを教えなければならない。青年たちの魂を教え、この国に生れて来た意義を教え、青年達の動物性(弱肉強食)を抜き取る魂の教育、私は何で生れてきたのだろうか?教育の根幹を青少年に教えなければならない。その時、このような問題は解消するであろう。その方法の一つに、日本では古神道があり、西洋ではシュタイナー教育がある。

 

今こそ日本の教育界は、肉体人間から動物性[弱肉強食]エネルギーを抜く教育システムをつくらなければならない時期が来てるのではなかろうか、そのように報道を見て感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の夏から秋にかけて2回徳島へ帰り、古代の阿波国の歴史調査を個人的に行った。そこで、珍しい神社とこれまた大変珍しい大嘗祭に関して大きな書物などに出くわした。人が動けば周りの空間が動き、周りの空間が動けばそこからその人に対していろいろな情報が与えられてきて、その人を進化・向上さす。これが、すべて過去世のご縁である。

 

では、その人の過去世のご縁はどの空間に存在するのだろうか。内部的には肉体の五重に重ねてある魂の一番奥の部分にあり、かつこれを外部的に表現すると、自己の身の回りの両手を広げた間隔の中の空間に存在する。こういう認識は、神道系の行をやっていけば誰でもわかることである。

 

その異次元空間に、その人のもつ才能とか天命とか役割など、その人を支える第一原因となる情報がすべて網羅されている。それを陰陽師は、四柱推命とか易学等を使って情報空間に漂う情報を読むのである。即ち、朝顔の種には朝顔の芽が自動的に出る。菊の種には菊の花が、ダリヤの球根にはダリやの芽がでて花が咲くのである。

 

人間も60歳になると還暦一回りで、その後の人生の目標・目的・役割・使命等が一族の繁栄、地域の為、日本の繁栄等の方向に生きるのなら、その人は寿命まで元気に生きることができると言えよう。90歳、100歳になって他界するときには、病院の手を借りることもなくニコッとして、ぽっくり次元を変えて、成仏し、向こうの世界で今度は肉体という衣ではなく、意識体という衣を被って生きることもできよう。

 

 つい最近、「人間は死なない」という本が本屋で出版された。本屋で立ち読みしたので内容はよく覚えていないが、ある病院勤務の医学博士が書かれた本である。医学の立場からこのような本が書かれたことは誠に素晴らしく死の病という命題をもつ肉体人間にはぜひ必要な書物である。

 

今私の母方の叔父は大正6年生まれ今年94歳である。この11月末頃の大法事(徳島県海部郡日和佐の真言宗観音寺)にはその代表を務め中心となって活躍した。90歳から独自でコンピューターを学び打ち、叔父には、次の課題が2つある。一つは、ノモハンの後方戦車輸送体の隊長として「ノモハン事件」の本を書くこと。

 

2つ目は、父方の祖父にあたる東禅城(密栄)の伝記を書くことである。この2つを仕上げることが叔父の人生を生きる目的である。だから、叔父は、天命・自己の役割を果たすまでは死ぬことはない?他界する時は、ぽっくりいくでありましょう?

 

 大嘗祭とは、一言でいうならば大嘗祭を通して皇太子に天照大御神の神霊を招入する秘祭である。即ち、天照大御神の神霊の種子を皇太子に卸賜うお祭りだと。この日当日、天の神と地の神は、悠基、主基の斉庭で日嗣の御子(皇太子)の上に天照大御神の神霊の波動を皇太子の中へ卸賜う。ゆえに天皇即位祭の祭りとなる。

 

 

これは、今まで明確には公表されなかったが、大嘗祭の秘義がわからないのであれば、天皇の天皇たる由縁はわかるものではない。これまで大嘗祭のことが隠されていたから、何で日本は天皇さんの国や?天皇さんがおられるのかという根本的な理由がわからなかった。

 

だから、左翼系が語るであろう税金泥棒ではないか?という論も成り立つことになる。また各神社で行われる新嘗祭は、秋の実りの収穫祭でもあり、秋の実りを与えてくれた神様に対する感謝のお祭りでもある。しかし、その奥には、「天皇霊更新増大」の祭り即ち鎮魂祭儀という深い意味合いがある。

 

さらに言うならば鎮魂祭儀とは、「事改めての天孫降臨」即ち天照大御神のご神徳(霊波・神波をこの肉体に注入して頂き、わが身に受け入れるというお祭りことである。

 

だから、日本人は「新嘗祭」をすることにより、天地自然に感謝し、さらに感謝することを通して、鎮魂祭儀において自己の肉体・精神・霊魂に太陽神の神力を注入していただくということになる。だから、その日本人の長が天皇(大王)となる。ゆえにアインシュタイン博士の言葉の真意が初めてわかるのである。

 

天皇とは、・・・・・ ①  国家そのものを生命体とみる。②政治・経済を自己の幸御霊の幸福の内に抱く。③国民の平和・安泰を祈り願う天皇の心の波は国民の魂を打つ。④国の中の罪科を一心に受けつつ国民の弥栄を祈る存在 、世界に誇る日本国民の精神的支柱であるということが、大嘗祭を理解することによって初めて解ってくる。このことは最近わかったことで、神社界でもなかなかそこまで教えてくれる人がいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月23日、勤労感謝の日は春日大社の新嘗祭だった。

三十八神社・春日講からは宮司を含めて、7名の参加者である。

 

春日本殿において10時より式典が執り行われた。その後、直会会場で直会があった。直会の時間としては12時前後から1時すぎまでである。一杯飲み、新しい宮司さんと交流した。前の宮司さんは、神道系の著書が20冊前後ある。その中に、三十八神社に触れられた行が全くなかったのが大変残念であった。

 

春日神社にて「はいの会」を主催し、私もよく会合に行って宮司さんの話を聞いた。写真も撮った。お若い時、生長の家の御教えに触れ、一夜にして肺の病が消えてしまったという特異な経験を持たれる宮司さんだった。残念ながら他界された。

 

今の宮司さんも藤原家の古い流れをくむ方である。3月11日の東北大震災後、今日まで通算3万1500回前後の大祓い祝詞の奏上を職員一同と信者さん共々奏上されたらしい。今度の宮司さんは、大祓い祝詞奏上に非常に力を入れているお方である。三十八神社についても個人的にある情報を教えていただいた。

 

春日大社の三十八所の元宮は、吉野金峰山の産土神・三十八神社であるという。江戸時代当時は、相当に有名な神社であり、大変賑わったという。この情報で三十八神社と吉野と御醍醐天皇の線が繋がった。これは一つの私の人生における九四六である。

 

お祭りには,必ず異次元の存在者の波動が来られるから今まで解らなかったことが、お祭りを通して玉ねぎの皮を一枚一枚はがれるように問題と課題解決のヒントが頂ける。お祭りは大変ありがたいものである。

 

大祓い祝詞は、異次元を人間界から祓い清め整理し、お掃除する素晴らしい言霊である。真剣に唱えると、自分の周りの異次元空間が清まっていくのが解る人にはよく判る。正しく祝詞・真言・神言である。

 

般若心経は、空間に漂う罪穢れをゼロにする仏教の言霊であるが、大祓い祝詞は、般若心経と同じように、罪穢れをゼロにし、さらにそこに神の世界から何らかの形を与え、与えられる祝詞神言である。いわゆる大祓い祝詞とは、神道流でいえば、帝王の祝詞と呼ぶことができよう。

 

 

 

 

 

 

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