2011年6月アーカイブ

5月24日(第四火曜日)・第二回実践古神道学びの会が終った。参加者は、私を入れて10名である。古神道学びの会の場所は、京都の千本北大路を50メートルばかり下がった東側の筋にあるハルハウスである。

日時は、毎月第4火曜日午後1時から4時の間である。今回もたくさんの資料を用意したが、使ったのはほんの少しである。残りは、次回となる。

 

学びの会の内容 

 

1.目的・・・・・・参加者の全員が「陰陽師」になること。 陰陽師とは、陰と陽のエネルギーを使って、「一人出家すれば、九族天に生ず」の言葉の如く、宇宙に充満する分化と進化のエネルギーを使い、自己の天命(神)と宿命(過去世)を知り、その悟りからほとばしる光によって、自己に関する一族・九族を天にのぼらしめるという自己自身になることがこの会の眼目であり使命である等々。

 

 

2.言霊・事霊・数霊・色霊について

 

3.魔法陣について

 

4.辛・卯の年の宇治神社における結婚式について(前世・過去世の一つ)

 

5.守護霊、守護神、親神(ミタマ)とバジュラについて

 

6.祓い祝詞における精神統一法と右脳と左脳を結びつける意識の使い方

 

今回は上記の1から6の内容を、1時から3時まで2時間語り続ける。私のセミナーの特徴の一つは、途中にでた質問を踏まえ答えながら、参加者全体の意識を高めていくことである。2時間の間いろいろな質問をふまえながらより高みに導いていくのである。

 

世界平和の祈りの会と生長の家の御教えのレベルは、守護霊、守護神のレベルまで.親神のレベルまでは届かない。

 

この自己をとりまく三者(守護霊・守護神・親神)のエネルギーを自由自在に使うことにおいて、陰陽師は完成するのである。私自身も完成へ向けての途中の旅である。

 

そのため、滝行のエネルギーを使うと5合目までは、すぐ登ることができる。それは、滝行時に滝の神様の光エネルギーを受けるからである。伊勢白山道さんはその書物(読むだけで人生が変わるたった一つの方法)の中で、滝行の害についていろいろと書かれているが、彼は神界行としての滝行の実践は皆無であろう。

 

だから、滝行の弊害ばかりを強調している事が目についた。彼が語る8割程度は、賛成できるが、特に滝行における彼の理解は正しいのであろうか???

 

これは、全く認識の違いだ。これは神界行の滝行を実践すればすぐわかることだ。神界行の滝行とは、自己のミタマのみを磨きあげる神の滝行だ。

 

この点については、大変重要なので、時間を取り詳しく語る必要がある。理由は、滝行とは行法だからだ。理解、解釈の次元ではない。一度、滝に入ればすぐ判ることである。

 

最後に全員に印を組んでいただき、私の祓い祝詞の奏上の言霊、音霊を聞きながら精神統一にいる。みんな意識がすっきりしたと語っていた。

 

京都には、逆陰陽師もおられ呪法を使われるらしい。参加者の中に呪法で使われた藁人形と20本から25本の五寸釘を杉の木に打ち付けられている所を目撃し、神社に返した方がおられた。禰宜さんは、「既存物破損罪です」と言われたらしい。

 

いろいろと話を伺った。京都のある神社の一角である。京都の地は陰陽師となる材料が沢山みうけられる聖地である。さすが、秦氏が設計された都である。第3回目は参加者各自の守り神と霊数も含めて京都にまつわる古神道的な話と行法についてふれてみたい。次回は、6月28日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     

書くことはたくさんあるが、今は時間がないのでその一つ二つを述べるしかない。約1ヶ月前地鎮祭と自宅のお祓いを同時に頼まれた。奈良県の知人を通しての依頼だった。一週間前に連絡があったが、今回は地鎮祭を取りやめにして、自宅のお祓いだけやってほしいということで、今日車を飛ばして京都から奈良に行った。

 

自宅に通された。玄関にはツバメの巣があった。いいことである。床の間に通された。そこで、鎮魂台を置き、その上に5つのろうそくの火をともした。その前に献撰をし、ひもろぎを置く。目的は、ひもろぎにお祓いの神様をお迎えするためである。

 

降神と昇神ができるかどうか。これは神主の力量であり、地鎮祭を含めてお祭りができたかどうかサニワする鍵がそこにはある。

 

まず、土地の神様をお呼びし次に大地と家宅に関する神様をお呼びする。その前に祓い祝詞で時空間を浄め整える。それが終わるとまず玄関に行き、玄関を清め祓い次に二階に上がり、二階の各部屋を清める。次に1階である。

 

外につくばいがあったのでお祓いをする。もちろん家主の依頼である。つくばいはその家にとって月の神界の波動を受ける重要な場所である。だから、普通の家においても必ずその場所はいつも清潔にし、月の1日と15日には、お酒とお塩でお浄めし、祓い祝詞をあげると家の運気が上昇することのことを家主に語る。

 

次に床の間に帰り、昇神の祝詞をあげ、これでお祭りが終了となった。

 

後、お茶を頂きながら30分余り今回のお祭りについての話をする。このお宅の家主は感性が鋭く、少し異次元のことがわかる方である。話の中、胸の奥に秘められていた異次元の話をしていただいた。そういう話をするつもりはなかったのであるが、私と話をしているときにふとそれがでてきたと語っていた。

 

そのお話とは、閻魔大王の話である。この方は自分の命が危ない時に閻魔大王の姿を見られたという。小さい時に絵本でみた姿とおなじなのでびっくりされたと語る。私は尋ねた。そのお姿の色はどのような色ですかと聞く。全身が真っ黒な方でした。

 

平べったい棒のようなものを持っておられたという。大王の周りには、ろうそくが沢山あり、そこに人間の名前が書かれているという。次々にろうそくの炎が消え、御自分の炎だけが残ったという。そして、最後のほうに「汝はここに来る人ではないからすぐに帰れ」と言われたという。

 

このお話は、私の父方の祖父源吉(死ぬ日がわかり葬式の日にはモチ投げをせよと遺言を残した)の体験とよく似ている。御婦人は、この話に恐れを抱かれていたので私は語った。

 

「これは素晴らしいことです。人間が死んでから行く世界がある。という教えそのものですから非常にめでたいことです。又、奥さんは残された命を自分の仕事を通して世のため人の為に尽くさなければならないという天命があります」と。

 

もう少し語る。「一族のために生きよというメッセージを下されたのだから、あなたの能力を世のために発揮されてください・・・・・・」と語ると大変家主は喜んでくれた。こんな話を人様にするのは初めてであるという。そして、ご自身はいろんな方々からの人生相談を受けているという.。めでたしめでたし。

 

 

精華町の自宅に帰る。テレビをつけると、国会中継されていた。内容は党首討論だった。予想どうり谷垣さんと山口さんである。特に山口さんから鋭い追及がなされていた。

 

一国民の私の目からみてもそうである。何事においても対応が遅すぎる。南相馬市の小学生の学校給食献立内容(本日の朝のテレビ)をみると、おにぎり1つと牛乳そして、焼き卵子だけだと言う。お腹がすいてしかたがないからお母さん方は、家で朝と夜に十分な食事を与えているという。いったい約2ヶ月半たた今もこのありさまである。一体文部省は何をしているのであろうか。

 

 

さらに校庭の土地の浄化の努力目標は1ミリシーベルト、現在は20ミリシーベルトだという。なぜもっと早く校庭の土を入れ替えるように文部省は通達を出さないのか。会議ばかりやり、まだ10万人を超える人々は体育館に非難生活をしている現状がある。

 

 

菅内閣を支える人はこの現状をどう分析するのか。この人たちが50年後にすべてなくなって閻魔大王の前で次のようなことを聞かれるとどう答えるのか。

 

あなた方は、議論(仮論)ばかりやって2け月半もの長い間10万人以上の人々を苦しめた責任をどうとらえるのか。あなた方は、何のために政治家になったのか。日本の国を中国に売り(sengoku38)日本の国の尊厳を失った事実をどう考えるのか。

 

政治家にとって日本の国民はあなた方の子供と父母ではないか。このような自覚が菅内閣にはあったのでしょうか等々。

 

日本国土を放射能汚染し、それを2ヶ月半もほっておくこういう政策をとれる民主党の根幹は、唯物論を根底とする発想そのものにある。

 

大地は、物質ではない。生き物である。だから春に種をまけば夏秋にいろんな植物の身が実るのである。その自然の働きに感謝する。そういう心の働きが日本人には特に強いのだ。それを国民に知らせる行為が天皇陛下が実際に行える田植えである。

 

菅内閣の閣僚は田植えをすればいい。それを通して、大地の穢れは自己の肉体の穢れであるということが実感できるから、放射能汚染された大地をいち早く元にもどさなけrばならないという発想と実践的使命感が生まれてくる。

 

 

論議と唯物論を得意とする政治家からは、こんな簡単な発想すら生まれてこない。それが日本の最大の悲劇である等々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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