2017年7月アーカイブ

今後の滝行予定

8月26日(土)と9月9日(土)
今年は後2回です。
場所・時間・持ち物は前と同じです。

滝行in枚岡神社参照

平成29年7月16日佐藤先生講義・第3クール3回目・神の数学

循環的数学と直線的数学の対決です。前者は神の数学、

後者は人間の数学と考えてもいいと思います。三差数列の147・258・369は人間の性格を正しく知る宇宙方程式の一つです。

今回は、質問事項の時に、多くを質問し、多くを語りました。

天皇家の16紋菊御紋についてもでした。三差数列は生き物ですから、

教育に活用すれば、己の宇宙的自我を深め、人間空間認識を確実に活用できます。

子どもたちにとっても実に有益です。

あほらしくて、いじめなんかは出来ない、しない、助ける子どもに育ちます。

元々、特に日本人の子はノーベル賞を狙える賢い子どもたちですから。

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H29年7月17日(日) 第2回滝行in枚岡神社

終了後の滝場の写真

滝行が終わり昼食会の時に質問を受けました。
「1回目(6月滝行)も2回目も同じような現象が起きました...」
「1-現前の空間の一部が流れるようにゆがむ。2-空間の周りが帯のように光る。

例えると、水面に太陽光が反射するように光り出し後にもとにかえる...」


コメント
・違う認識器官が働く。人間一般は五感で物事を知り多くはそれが正しいと反応して判断する。

あなたの場合は、善き事で五感以上の認識機関が体感できた。

それを続けていくと肉体ではない自己が解りだしてきます...終わり

7月26日(水)第73回・古神道同志会セミナーの課題
ややこしく、普段の生活では考えない「空間を切る」テーマへの応用編

上記、経験者の方は初めての滝行により、異次元空間の一つに自己の認識器官が入る。

私が説明してもピンとくるかどうか?
これは次元上から見れば、空間を切った証である。

それは、今後のあなたの修行の課題であり、瀧の神様からの恩寵であったとさ。

交野市の源氏の滝でかって2回(1回に3回入る。2回目では6回入る)滝行をされた方の枚岡神社でのたきぎょうの2回目は凄かった。これも、空間を切るたきぎょうとなった。型は両手で天を突き回転させるとも言うべきか。私は時間の関係上、8回目位で止めたが、止めなかったら数十回同じような型の滝をやられていたでしょうに。

そう、「空間を切る」と云う事は、その場に、神様を勧請すると言う事。また、光の勧請でもある。本人たちは、私の説明(鏡)が無ければ、全くわからないし、素晴らしい体験。人間に関わる神様がましますと言う直接的な体験である。

これを物理学的に言えば、素領域と純粋空間理論になります。
湯川秀樹博士の若い頃の夏休みには、高野山に登り、

鈴木大拙翁に縁する女性の方に胎蔵界曼荼羅理論(元)を真剣に学ばれました。

素領域理論はその応用と思われます。博士関係の本には、これは書かれていませんね。

セミナーでは、9字結界の空間の切り方を紹介いたします。
参加者の方は、バジュラ1(独鈷)を用意してください。



心御柱考を拝読してー感想
1. 心柱が正殿、八咫鏡の真下の位置にあるならば、それは鏡を支え守護する役割があるのではないか。柱が無ければ、鏡は単なる物質であり日の神の依り代ではなくなりはしないか。

 

2. 右回転の渦が内宮の御柱、左回転が外宮の柱であれば、この二つは陰陽合体のアメノミハシラとなりその上に第3の柱が出てくるのではないか。

 

3. 庭上祭祈の目的は、お庭に宇宙神を下すお祭りか?

 

4. 身丈柱身丈聖なる木はヤマトヒメが太陽神を下させた聖木となる。

 

5. 結論としては、内宮心御柱はあめのみはしら、外宮は久邇の御柱そして、陰陽を産み出した御柱がもう1本必要になるのではないか。

 

伊勢神宮神主の古い記録が必要となってくる。オオハライ祝詞でもそうだ。旧式の方が言霊祝詞としては、勢いが断然強い。思いつくままに書かせて頂きました。

 

現代(125代目)は国難中の国難これは天皇家の在り方と国際情勢を見れば理解可能の範疇。秘密の開示が必要なのが時代(ときおかしのかみ)と云う時代でしょうに。

歴史は正確に解き明かさねばならない。後に続く子孫の為に。


世界の中で1番の秘密は、この時代に死せる肉体を持つあなた(123人称を含める)が何故、男女となりこの日本に何何家に生まれてきたのかと云う秘密ではないでしょうか。

 

供養道1

H平成29年7月5日6日7日の3日間で供養修了問題解決OKだ。
実母・祖母・曾祖母の水子の13体童子霊と養子先、熊野東家の6代前の御先祖6体と12代前の御先祖2体の計21体の御霊供養だった。体が軽く成り力が入る。


私は生後100日で故郷・阿波国・海亀で有名な日和佐の真言宗大覚寺派・観音寺から熊野・東家長男の養子となる。生母は40歳で私をこの世に生み落とし2日後、産後が悪く昇天する。実父も3年後昇天他界。幼くして人生・生と死の二律背反絶対矛盾の自己同一問題を突き付けられた。

時間空間は約900年前、紀貫之が通る大阪難波の港から土佐高知へ至る海の航路即ち南海航路にある手羽島の真言宗観栄寺に台風時に誕生する。

熊野東家とは南朝である。750年前か。吉野で敗れた後醍醐天皇の家来達は、奥熊野の飛鳥・新鹿・波田須へ逃げ込んだその一族である。
一族は、姓を、東と西に分ける。東家は山持で、家から1時間ほど歩いてもそこは、東家所有の土地と云われる具合の山持だった。家宝は、天皇から頂いた守り刀とお墨付きとの伝承がある。

それをお山の広い墓の何処かに隠したらしい。何故私が真言宗のお寺から南朝へ養子に行ったのかと云う「結果と原因」を仏教大学に入学してから探しまくる。

現在では、その理由は明白になる。だいぶ前から。全国に居られる養子の方々にとって理由を述べれば福音となろう。理由が解るからだ。人は、人生物事の展開の原因と理由が明確に解れば人生の難問苦しみに耐えられる生き物である。

纏めて一言で語れば、本人の前世・過去生に大いに関係がある事は、解れば火を見るより明らかな事である。供養は例外なく人生を支配する。天皇家に倣って125代自己家系を続けたければ、天皇家の供養道にヒントが隠される。

方法は、仏教法般若心経と神道法おお祓い祝詞である。般若心経法は中村和尚の本にある。両方合わせると浄化・成仏・浄心・昇天が早い。故人は、肉体が無いからであった。




古神道同志会第73回(7月26日序曲)神道と密教1(中村和尚)

「空間を切る」とは・・・それをばじゅら1独鈷で切るとは如何に。空間は切れるのか。空間を切る概念はどこから出てくるのか。神道あるいは密教を志す者にとっては初めての事と思う。又殆ど全員の方々が聞きなれない言葉ではないか。

例えば禅宗の考案に「父母未生以前の我」をいかに自覚するかという公安がある。これを密教的に言えば空間を切るのに通ずるものがなかろうか。第72回古神道同志会セミナー終わりかけの午後9時半過ぎだった。「次回は独鈷を持って来てください...」と語ると第1回目森の宮神社セミナーから殆ど参加の同志が「空間を切ったらどうなりますか」と聞かれた。

難解な方程式は解けないので難解。解ければ難解でない。言葉は月を指す指。だから私はあえて『「次回やりますからバジュラが必要。
あえて言うならば、枚岡神社滝行で貴方がやられた「弥栄の滝行」がその一例と考えられたらいい...何故か。

貴方の滝行を見て今日まで私と共に滝行を300回(1回に3回以上滝に入るのでその回数は1千回か)やられた弟分のようなFさんが直会で語っていましたね。あなたの滝行でそこに3回光を見たと。

彼は私が滝行を初めて10年ぐらい経った後から来られた若者だった。それから22年間で滝行300回やったと云っていましたね』と語っていくと、「東宮司のあの滝行がそうではないですか...」と語る。会話は終了。この会話の中にヒント?がある。

中村和尚本の中のヒント?

『日月 空と水を照らす。風神 さまたぐる所なし 同じく説法なり 人我と共に消亡する。定慧心海に澄ましうれば無縁にしてまさに湯ゆうたり(性靈集)

涙が呆然として流れました。
仏教でいう空とか無我は命の流れが曲線を描いて幾重にも重なっていて、こちらの世界から別の世界へ渡る接点というか、境界線というか、そのような気が致しました』

空間を独鈷で切ればどうなるか。どのような現象が起きるのか。物理学的な言葉を選んでいえば、頭の理解では「次元転移・次元転換」そのようになりましょうか。光も絡んでくる。

少し横道にいる。ネットで、密教を調べても、本を読んでも密教の独鈷が空間を切る道具であるという事は書かれていない。

密教を理性で理解する本としては、松永有慶慶(高野山大学教授の密教とは何かという著書がよい。教授の名は中村和尚の本の中に登場し、和尚よりも2年後輩である。インド・チベット・東南アジアの各地に出かけて密教遺跡の調査研究を続けている密教学、密教史学の第一人者。著書にこうある。

「密教でよく使われる法具類に金剛杵、先端が一つの独鈷、3つの三鈷杵5つの五鈷杵といいます。これらは元来武器なのですね、相手をやっつける為の鯨を取る時のような銛なのです。

それが装飾化されて先の方を尖らせずに内側に向けるようになり仏教的な意味付けをしていきます。三鈷は身口意の三密を表し、五鈷杵は五智を表す。これが密教の解釈です」

密教法具についての理解は松永教授のこのような解釈が殆どだ。密教学者は独鈷が空間を切り、三鈷杵・五鈷杵はエネルギーを空間に広げる法具であるとは殆ど気が付いていない。

何故、弘法大師招来1、3、5の法具が国宝になっているのか。何故、弘法大師が長安より日本に持ち帰り1,3、五鈷杵を護摩行の法具として活用したのであろうか。

密教学者がいうように、それは形だけのものではない。形だけのものが深淵な護摩行法に活用できるのか。神道と密教に志す若き青年諸君は自身の身体を以て極める事こそ大切だ。
第73回セミナーは初めての試み。実践真似言を通じてどんな説明をするのか。全てはお任せ。

私は中村和尚の護摩行を近くで見学させて頂いて3つの法具が持つ働きが明確に理解できたが、護摩行に於いては、理解のみである。只、叔父(東義照)の祖父は8千枚護摩行を数回焚かれた人(東禅城―江戸末期高野山の教正)なので、私も神道護摩?を焚いてみたい。先生は何処に。

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下記写真は、自民党大敗の東京都議選の結果表だ。「古神道と神道」を志す若者は政治への関心が特に大切。

それは、圀生み・国ずくりを通して天の御心を地上世界に移して、国民の為の政治を日夜真剣に考え、天皇(スメラミコト)の臣(大臣)を通して実行させ、国民が平和に暮らせる世を創り上げる天皇を創り上げた国家が日本と云う素晴らしい国だからだ。

総理大臣を始め各国会議員が菊のバッジを胸(心臓)に付ける目的は、天の御心に沿って国家国民と共に平和の世づくりを世界に先駆けて成し遂げると云う使命と天命を実行する事にある。では、天の御心とは何か。

その追及が2千年間つずく、世界に類がない日本天皇陛下のお仕事である所の日本国民の為の世界平和の祈りである。天皇陛下に姓がないのも、この理由の為だ。

この点が大きく仏教・密教と違う大事なところだ。しかし、戦後教育に於いて、日本国を代表する国会議員(大名としょうか)が何故菊のバッジを付ける理由が、義務教育(日本の子どもたちは素晴らしい発想を持っているが...)に於いて全く抜け落ちている理由はなにか。

そもそも、16紋の菊のバッジが意味する所は何か。日本国民を代表するバッジの胸(心臓)が自我追及の為(籠池氏の8億円と100万円問題等々)に破裂したこの絶好の機会である。

1年間に2億円もの国民の汗と血の結晶である税金を使い、それに生活を支えられる菊のバッジの国会議員は、何故、日本の政治家になったのか、幾多の職業の中。

それは、圀生み・国ずくりそして世界をリードできる教育としての赤ちゃん・子ども・青年・人ずくりではなかったのか。とくと考えられ、瞑想(初心わするべからず)すべき時がきたのではないか。

      東 豊榮さんが写真6件を追加しました。
      56分前
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    古神道同志会第73回(7月26日序曲)神道と密教1(中村和尚)

    「空間を切る」とは・・・それをばじゅら1独鈷で切るとは如何に。空間は切れるのか。空間を切る概念はどこから出てくるのか。神道あるいは密教を志す者にとっては初めての事と思う。又殆ど全員の方々が聞きなれない言葉ではないか。

    例えば禅宗の考案に「父母未生以前の我」をいかに自覚するかという公安がある。これを密教的に言えば空間を切るのに通ずるものがなかろうか。第72回古神道同志会セミナー終わりかけの午後9時半過ぎだった。「次回は独鈷を持って来てください...」と語ると第1回目森の宮神社セミナーから殆ど参加の同志が「空間を切ったらどうなりますか」と聞かれた。

    難解な方程式は解けないので難解。解ければ難解でない。言葉は月を指す指。だから私はあえて『「次回やりますからバジュラが必要。


    あえて言うならば、枚岡神社滝行で貴方がやられた「弥栄の滝行」がその一例と考えられたらいい...何故か。

    貴方の滝行を見て今日まで私と共に滝行を300回(1回に3回以上滝に入るのでその回数は1千回か)やられた弟分のようなFさんが直会で語っていましたね。あなたの滝行でそこに3回光を見たと。

    彼は私が滝行を初めて10年ぐらい経った後から来られた若者だった。それから22年間で滝行300回やったと云っていましたね』と語っていくと、「東宮司のあの滝行がそうではないですか...」と語る。会話は終了。この会話の中にヒント?がある。

    中村和尚本の中のヒント?

    『日月 空と水を照らす。風神 さまたぐる所なし 同じく説法なり 人我と共に消亡する。定慧心海に澄ましうれば無縁にしてまさに湯ゆうたり(性靈集)

    涙が呆然として流れました。
    仏教でいう空とか無我は命の流れが曲線を描いて幾重にも重なっていて、こちらの世界から別の世界へ渡る接点というか、境界線というか、そのような気が致しました』

    空間を独鈷で切ればどうなるか。どのような現象が起きるのか。物理学的な言葉を選んでいえば、頭の理解では「次元転移・次元転換」そのようになりましょうか。光も絡んでくる。

    少し横道にいる。ネットで、密教を調べても、本を読んでも密教の独鈷が空間を切る道具であるという事は書かれていない。

    密教を理性で理解する本としては、松永有慶慶(高野山大学教授の密教とは何かという著書がよい。教授の名は中村和尚の本の中に登場し、和尚よりも2年後輩である。インド・チベット・東南アジアの各地に出かけて密教遺跡の調査研究を続けている密教学、密教史学の第一人者。著書にこうある。

    「密教でよく使われる法具類に金剛杵、先端が一つの独鈷、3つの三鈷杵5つの五鈷杵といいます。これらは元来武器なのですね、相手をやっつける為の鯨を取る時のような銛なのです。

    それが装飾化されて先の方を尖らせずに内側に向けるようになり仏教的な意味付けをしていきます。三鈷は身口意の三密を表し、五鈷杵は五智を表す。これが密教の解釈です」

    密教法具についての理解は松永教授のこのような解釈が殆どだ。密教学者は独鈷が空間を切り、三鈷杵・五鈷杵はエネルギーを空間に広げる法具であるとは殆ど気が付いていない。

    何故、弘法大師招来1、3、5の法具が国宝になっているのか。何故、弘法大師が長安より日本に持ち帰り1,3、五鈷杵を護摩行の法具として活用したのであろうか

    密教学者がいうように、それは形だけのものではない。形だけのものが深淵な護摩行法に活用できるのか。神道と密教に志す若き青年諸君は自身の身体を以て極める事こそ大切だ。
    第73回セミナーは初めての試み。実践真似言を通じてどんな説明をするのか。全てはお任せ。

    私は中村和尚の護摩行を近くで見学させて頂いて3つの法具が持つ働きが明確に理解できたが、護摩行に於いては、理解のみである。只、叔父(東義照)の祖父は8千枚護摩行を数回焚かれた人(東禅城―江戸末期高野山の教正)なので、私も神道護摩?を焚いてみたい。先生は何処に。






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    【次回の滝行のお知らせ】

    大いに参加。7月8月9月で今年はおしまい。
    期 日 平成29年7月17日(月)
    集合場所 河内の国一之宮枚岡神社拝殿午前10時集合。
    住 所  東大阪市出雲井町7-16
    交 通 近鉄大阪線・枚岡駅のすぐ山側から五分ほど。
    時 間 午前10時から午後1時半
    会 費 五千円(正式参拝も含む)
    定 員 15名(満員になり次第締め切ります。)
    持 ち 物 行着(上下白の体操服・作務衣・衣ならOK)女子は下に水着を着るとよい。
         着替え・バスタオル・地下袋(白)又は白い厚い靴下・お滝場の清掃の為にタワシの持参、およびお清めの為に各自お酒1合瓶・塩1Kg持参のこと。

    主 催  神道同志会 南山城三十八神社 東 豊榮 宮司
    連絡先-携帯070-6504-2275(東 豊榮

    ★タイムテーブル★
    午前10時枚岡神社拝殿集合―10時30分(正式参拝)-11時(着替えて若宮・出雲井神社参拝後滝場お掃除)―11時45分~13時15分(滝行)-13時30分終了・直会解散。

    滝場は、お水神・セオリツヒメ様の神社に変化します。だから、徹底した祓い清め掃除が大切。神縁のあられる方々の滝行を通しての出会いに感謝・乾杯」

    『滝行(たきぎょう)』の経験を通じて、あなたが「心技体」を整える方法を知ることが、ハツラツとして生きる一助になり、共感を共有できる素敵な出会いが待っています。

     「心技体」は、一般的には武道などで使われる言葉とされていますが、メリハリのある人生を送る上でも、大切な指針となるものです。

    心・・・・生活信条や信念を育てる。
         日本の伝統的な価値観やその由来を学ぶ 
    技・・・・心や身体を整える「型」を身に付ける 
         神様や人様に向き合う普遍的な礼儀作法や   心構えを身に付ける
    体・・・・姿勢・服装・健康。挨拶。身体能力

    ★巷のスピリチャル系の如何様にでも解釈できるような事ではなく、わが国に連綿と伝えられて来た伝統的な技法を、東宮司がやさしく語り続けます。
    ★一般の導師が任意に選んだ「お滝場」ではなく、清め続けられてきた河内一之宮「枚岡神社」の境内にある「お滝場」が「学びの場」となりますので、初心者の方も安心してご参加頂けます。

    ★滝行★
    滝行とはお掃除が命。滝場は、水神・セオリツヒメ様・竜神さま等々の神社に変化します。だから、徹底した祓い清め(掃除)が大切。場を清め、自己を取り巻く肉体と意識体の浄化即ち大祓でもある。

    第8チャクラ(頭のてっぺんの上)から清めの滝水と神光を同時に受ける行法です。これを大祓祝詞では「サクナダリニオチタギツ・ハヤカワノセニマス・セオリツヒメ神」と申し挙げると表現されている。

    特に枚岡神社は日本書記にある天児屋根命さまの「神事宗源」の神社で在られる。

    即ち神事宗源とはー「神道は天・地・人の基(もと)にして萬法の根元であり且つ宗源(そうげん)は天地を成し斎元(さいげん)は日祚(にっそ)を立て霊宗(れいそう)は人間の心姓(しんしょう)を明らかにする」―と聖徳太子は語る。

    これは太子が書かれた書「五憲法の神職憲法(神主・神職さんへ)」その第一条にある神事宗源(そうげん)なる神社―即ち天地・宇宙の大自然の偉大さをこの世に示され、参拝される方々が、天地・自然界全てからほとばしる根元力(元気エネルギー)をより強く受けられる神社が、「神事日本第一」の枚岡神社であります。

    古神道同志会セミナー案内
     
    毎月第4水曜日
    7月26日(水)―801号室 8月23日(水)―802号室 9月27日(水)―406号室10月25日(水)―701号室 午後4時から9時過ぎ。
    時間帯―午後4時から6時半(個人求道相談・人生相談・運勢相談等)
       -午後7時から9時頃(セミナー)
    場所―大阪市立青少年センター(ココプラザ) 新大阪駅東口から徒歩5分



    内容
    7月―バジュラ1(独鈷)で空間を切る練習。空間認識―1おお祓いサクナダリ呼吸法―1。2母音大祓祝詞・三種祓い言霊発声法中級。持ち物独鈷

    8月― おなじく2 同じく中級

    9月―同じく中級発声法 旧事本紀大成経・古事記・日本書記・古語拾遺・秀真伝(崇神天皇8年から)の比較研究

    10月―9月と同じ。

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