2017年5月アーカイブ

秋篠宮眞子さまご婚約おめでとうございます。


神社の一宮司としてお慶び申し上げます。眞子さまは素晴らしい女性ですね。非常にしっかりした方であられ、この国の人々を清く、明るく、正しくあるべき方向へ導かんとする強い気持ちをお持ちのようです。

 

特に御父上と関係が大変強いですから、弟君が将来天皇になられた時にそれを補佐するという役目もありますね。時代が時代ならば推古天皇のようなお方かもしれませんね。・・・独り言。 

 

GHQの日本弱体化戦略による旧皇族の廃止と神道指令(神社祭祀を国から民間へ払下げ)は表裏一体のものです。眞子さまのような方が御結婚により皇家・皇族から離れられる事は、日本の国体(国の在り方・国の形・龍体系)にとって大変な損失。苦肉の策として早急なる女性宮家の設立が必要になるかも。

 

 

下記の写真は草を焼いた田んぼの写真です。10日も経っていないのに焼いた畑から草の新芽が沢山出てきました。びっくりです。広島に新型爆撃機B29によって落とされた原子爆弾の為、広島市は辺り一帯焼野原となりました。

 

GHQはその地に医者・科学者達を派遣して人体のサンプルを集めたそうな?

広島は「10年間は草一つはえない地となる」とは科学者達の意見でした。これを覆し、1年後には芽生えた植物の名は十薬だった。焼け畑の草といい、十薬といい一つの奇跡のようなものです。

 

この大地のエネルギーを総じて産土と云う。このエネルギーの大変強い所に神社を建立した日本人、我々の先輩は素晴らしい自然の営みがよくわかる人だった。そして日本国を支える大地のエネルギーを「國魂」といい、天皇家十代目の崇神天皇は阿波徳島に「倭國魂神社」を建立された。その写しが奈良にある「大倭国魂神社」である。

 

天皇家の方々はこの国を背後から支える肉眼では見えない大地素粒子エネルギ―の強い所に皇居を置かれた。その日本国民の代表がスメラ尊即ち日本国天皇である。これが日本國皇室の最大の威厳となる。眞子さまは特にその血を受けられる。

 

125代続く天皇の歴史の中で最大の謎を持たれるお方は昭和天皇である。

その謎に比べると

 

 

1.森友問題 

2.トランプ大統領のロシア問題 

3.天皇の金塊

4.小沢一郎と天皇に四京の金が流れた 

5.卑弥呼王朝の位置は東か西か

6.落合史学等々など微々たるものだ。

 

 

理由は敗戦前天皇は100万人単位の人々の命をあることから救ったという情報がある。これは極めて重要だ。私は三番煎じでこの事を聞いたが、にわかには信じられなかった。

 

 

この問題の解決こそ、真の日本天皇の存在理由の真意が初めて明確となる。

天皇はなぜ「アキツ神」と申し上げるのか。その理由もよく理解できる。この時代に生を同じくする日本国民にである。何故、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康等々が天皇にならなかったのかと云う事もすぐ理解できる。小学生でもである。

 

 

当然天皇には男系の子孫がなるべきだが、今は二千年近くの天皇家歴史の流れからみると戦後70年は以上極まりない事態なので女系天皇ではなく、女性天皇宮家の設立も皇家・皇室相続が末代まで続かれる伏線として必要となる。

 

 

 

 

京都府相楽郡精華町議選終わる。


本日午後9時から町役場で開票。精華町の選挙に名簿登録者数は約3万人、精華町議選は定数18に対して23人が立候補すると云う激しい選挙戦が終わる。私は今期4回目の安宅さんを応援する。

 

 1期から3期まで軽トラックの選挙カーに乗ったり、ポスターを貼ったり、安宅さんを応援してきた。4期目も同じだ。理由は、党利党略の政治ではなく真の住民思いの政治活動をされるからだ。

 

 9日(火)は選挙戦スタート。午前中ポスター貼り。

10日(水)は午前7時から8時までJR下狛駅と近鉄狛田駅付近に朝立ち。

12日(金)は選挙軽トラカーに乗り応援。13日(土)は相楽郡の神社総会に出席した後、夜の6時から8時まで桃太郎応援。安宅さんを筆頭にして地元を11名が歩く。

 

 本日午後9時35分に選挙事務所へ行く。3位で当選(数霊でほぼ当てる)一期目は1位。二期目は2位(易占で当てる)三期目は5位。

 

安宅さんは住民目線で改革の人だ。どの政党にも属さず住民派として3期間地元僧坊の為に頑張る。相貌の東側の田んぼと畑と荒れ地が開発され、町が出来つつある。狛田駅周辺が開発され昔はJR下狛駅は二両編成だったが今は駅構内が拡張され7両編成で乗りやすくなった。

 

やはり地元から1人でも町会議員が立たなければ地元の発展は難しい。党派別では共産党は各地域に4人立て4人とも大体同じような票数を取り当選される。見事な選挙戦である。公明党2人は上位当選。23人が立候補して。6人が落ちた。

 

町会議員の選挙は家族にとり約1週間が関ヶ原の戦いである。私も緊張した1週間が送れた。勝てば議員。負ければそれまで。平和の日本において選挙戦こそ戦いそのものである。午後11時半に家に帰る。

 

滝行3


今日10付けで申し込みが13名となる。友達の紹介での申し込みが多い。このままだと、15名の枠が5月中に突破しそうなので、枠を20名に増やす必要に駆られる。有難い事である。滝行は世間一般には広まっていないが、原因は指導者が少なすぎると云う事だ。インド・チベットでも実践しているのに。

 

 

山河草木実に豊かな日本であるのに、この現状は寂しすぎる。もう20年も前の事か。丹波地方の滝で滝行を実践している時に、その滝の神様から出されたお言葉の中に「自然豊かな山々の滝で日本人はもっと滝行をやってもらいたい・・・」

と云う事のお言葉が出された。

 

 

戦前この瀧でも、「丹波から大峰山に登る前に村人達が滝行をしたものだ。戦後は途絶えてしまった」と滝場の近くの年老いたご主人が私に語りかけてきたことがある。丹波から大峰登拝とは戦後生まれの私には考えられない事だ。村の方々のお山に対する熱き信仰心の表れか。

 

 

昼食の時に、イソノカミ鎮魂行法について、少し話そうかと考えている。

この行法は、物部神道鎮魂行でもある。この中に、鎮魂帰神行法も加えられている事を知る人は少ないのではないか。帰神(縦)の為の鎮魂(横)であって、その逆では決してない。

 

 

滝行は自己に纏わりつく罪穢れを祓い、自己ミタマを清浄にして神様に繋がる(自己の神を表に出す)行法であるから帰神行に近い。

そこら辺たりを解かせて頂こうか。時間があれば。それより大事な事は、参加者の皆様の体験と質問事項である。同じ滝でも、個々により大分違うからである。その理由は...・・・

滝行ご案内


期日 平成29625日(日)

集合場所 河内の国一之宮枚岡神社拝殿午前10時集合。

     近鉄大阪線・枚岡駅徒歩5分・駅のすぐ山側に神社まします。

時間 午前10時から午後1時半

会費 五千円(正式参拝も含む)

定員15

持ち物 行着(上下白の体操服・作務衣・衣ならOK)女子は下に水着を着るとよい。着替え・バスタオル・地下足袋(白)または白い厚い靴下・お酒1合瓶・塩2K

 

タイムテーブル

午前10時枚岡神社拝殿集合―1030分(正式参拝)-11時(着替えて滝場お掃除)―1145分~13時15分(滝行)-滝場にて5母音のア音帰神法発声練習―1330分終了・直会解散。

 

 

動機

とても優雅な舞と気功の先生かつ枚岡神社お笑い神事の担当者の一人でもあるW子さんの滝行依頼を2か月前に受ける。禰宜さんには話を通しているが宮司さんにはまだらしい。枚岡神社参拝は未経験な私だが、旧事本紀大成経「神の巻」とは大いに関わりある神社且つ春日大社の元宮であることから、一度は参拝したいと念願していた。

 

 

51日は神社月次祭である。宮司さんの講話を聴かせて頂く良き機会だ。連絡を取り合い、初めて月次祭に参加して宮司さんの講話を拝聴する。宮司さんに会い吃驚する。中東宮司さんとは、十数年前に近鉄大阪線の富雄一帯の産土神社である総の宮の代理宮司として私が勤めていた時に、神社祭式を一対一で教えて頂いた先生だった。勿論総の宮である。祭式が終わり総代さんと共に食事をされた事を宮司さんも覚えておられた。神縁とは不思議なものだ。

 

 

滝行

滝行とはお掃除が命。場を清め、自己を取り巻く肉体と意識体の浄化即ち大祓でもある。第8チャクラから清めの滝水と神光を同時に受ける行法だ。これを大祓祝詞では「サクナダリニオチタギツ・ハヤカワノセニマス・セオリツヒメ神」と申し挙げると表現されている。

 

 

特に枚岡神社は天児屋根命さまの「神事宗源」の神社で在られる。

即ち神事宗源とは「神道は天・地・人の基(もと)にして萬法の根元であり且つ宗源(そうげん)は天地を成し斎元(さいげん)は日祚(にっそ)を立て霊宗(れいそう)は人間の心姓(しんしょう)を明らかにする」と云われる聖徳太子神職憲法第一条にある宗源(そうげん)神事なる神社―天地・宇宙の大自然の偉大さをこの世に示す神社が枚岡神社で在られよう。

 

 

滝のお水は、宝基(ほうき)の森・神池より湧き流れ落ちる御神水である。

その滝場でア音言霊に依る帰神法祝詞即ち倍音声明ではなく3倍音声明を参加同志全員で声明させて頂くとは、何たる光栄の至りであろうか。大いに笑い神様の光を授けて頂こう。

 

 

予約連絡先―携帯070-6504-2275(東 豊榮)

関東から来られる方は、遅れた時にはそのまま滝場においで下さい。

午後1時までに。

 

このアーカイブについて

このページには、2017年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2017年3月です。

次のアーカイブは2017年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。