2014年9月アーカイブ

先代旧事本紀69巻未然本紀1

 

変な天気がずっと続いている。今回の台風も韓国方面から偏西風に乗って日本を直撃する天気予報があまり当たらなかった。京都では昨晩かなりの雨が降ったということで終わり。

 

 

自宅の小さな庭にはタンポポが5月から9月までずっと咲いている胞子になったタンポポが庭先に見られた。五日前。昨夜の雨でその胞子も終わりとなった。

 

 

さらに庭先では蝸牛が多く見られる。数えると15匹位いる。大きいの小さいの様々であるが、今朝は光さす中、殆どが貝の中より姿を現し、小さな庭の壁を覇って長い首と長い角を出して移動していた。

 

 

蝸牛も6月から9月の今日までずっと見られた。蝸牛はカタカムナにも通じ、その渦巻きは中心より右回転の五重構造である。蝸牛とタンポポに毎朝声をかけて「元気か大きくなれ」と語りかけている。

 

 

大成経未然本紀第69巻では飛鳥の時代から数千年に渡って太子の深層意識に映った現実的な未来風景が書かれている。その中には聖徳太子が見たとされる未来の世界情勢未来の世界終末予言と恐るべき出来事が書かれている。天変地異、世界戦争等々。果たして太子の予言どおりになるのであろうか.

 

 

 

 

その場所は斑鳩の宮夢殿である。夢殿だからそれは虚空界に通じている。即ち太子は虚空界にある未来の映像を読み取る能力に秀でていたという事だ。

その境涯(ヒエラルキー波動量と名付ける)から未来映像を読み取るのであるが、しかし未来がそこで決定するのであれば、人間存在即ちミコトモチ的存在者人間は不必要となる。

 

 

 

だが、そういうことは絶対にありえないことだ。神道を学ぶ者がミコトモチ的存在者である。当然未来世界はその人間の持つカルマ映像を自己を取り巻く4次元空間に写し出す。それは神道の学びによりより善き方向に向かって変化させることが出来るのだ。多くのミコトモチ者が誕生するとよくない映像の未来世界は劇的を与える事も可能だ。

 

これを神代本紀が説く。

 

 

 

先代旧事本紀の「先」とは先の事即ち将来の事を示す言葉である。「先代」とは、「さきつみよ」即ち将来の時代、未来の時代という事だ。未来の時代に関わり、未来を創り出すのが人間の一つの生きる大きな意義だとすると、太子の語る予言も変化できよう。ここに人間存在の存在理由がある。

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